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富士山頂で新たな伝説をつくる
(写真)鴨川准教授らによる夜間の高高度発光現象観測
鴨川 仁 東京学芸大学准教授
山岳小説で名高い新田次郎氏が描く小説でも富士山は格別な題材であろう。このことはご本人が富士山測候所に勤務し、レーダー設置の中心人物であったためだけでなく、そこで生み出されるドラマが他の追従を許さないからであると考えられる。代表作といっていい「芙蓉の人」、「富士山頂」は複数回映像化され、その感動は日本国民の多くの心に刻まれている。舞台となる時代が半世紀以上も異なるこれら2つの作品、共通項をあげるならば、山岳科学計測をすべてないしは多くを個人の出費でまかない自然災害予測に貢献したことである。極地高所ゆえの困難さに果敢に立ち向かう姿は、心を打たないわけがない。
「芙蓉の人」の主人公となる野中到夫妻からみれば夢のような、気象庁富士山測候所による通年気象観測がなされていた国策時代は終わり、再度自力で行わなければいけない時代が来た。気象観測にほぼ限定されていた気象庁富士山測候所時代に比べ、研究の自由度は高いが負担はさながら現代の芙蓉の人である。財政上の話題は毎年本会報の最たる話題であり、日々資金ショートの恐怖と戦わなければならない。
そのような劣悪な状況の中、目に見えて進化を遂げているチームが事務局と山頂班である。本冊子やホームページは、コンテンツの量と更新頻度においては企業のそれに負けてはいない。これらは外注ではなく、限られた予算の中で事務局が自前で制作している。山頂班においても気象庁時代を経験した岩崎・生越両班長が次世代につながる班長の育成や新人発掘と教育を行っている。そのことから、気象庁遺産への依存からようやく抜け出せた。
さて、本NPOの根幹となる科学研究であるが、学術の成果は上がっているだろうか。現時点では、世界的な著名総合科学誌NatureやScienceなどに掲載されるような学術論文はまだない。各分野における専門科学トップ誌に目を向ければ、NPOの初期に富士山頂観測での新規性を題材にし出版されているが、ここ数年は停滞している。NPOの継続には科学的成果はいうまでもなく求められるものであり、これらが欠けている間は、研究教育機関としての存続は限度がある。支援部門が着実に進化しているなかで舞台側は果たして進化しているのか。富士山における先人たちに負けない革命的・革新的な変化を我々科学者が行えているか。これらの疑問に応えるべく考察したい。
NatureやScienceのような著名論文誌に論文が掲載されれば、一般的にメディアのみならず社会も注目する。そのためには、まず各分野のトップジャーナル、中堅ジャーナルに出版論文数が増え続けることが大事であり、その過程を経ることで著名論文誌に到達できる論文が生まれる。優れた研究結果が得られたとしても論文掲載までは十分な執筆時間が必要であり、各グループ・サブグループの研究者・共同研究者の研究できる時間量にかかっている。
しかし日本では、この行く手を阻む懸念事実がある。先進国、新興国の学術論文掲載数は過去20年うなぎのぼりであるが、唯一日本だけが2005年ごろから停滞・減少しているという。メディアや科学政策の研究者の分析によれば、国立大学や研究者が法人化され、研究者が競争的資金の獲得を含めた研究以外の仕事に極度に忙殺されたため、と推察されている。NPOを利用する研究者はまさにこの渦中にあり、学内・研究所業務だけでも忙しい日々を送っている。それに加えてNPOの運営まで行うとなれば、研究者が論文の執筆と両立させるのは至難の業である。
この問題に少しでも立ち向かうためには研究グループの組織化がカギであり、大学ならば従事する学生の出す成果の向上が解決に結びつくと思われる。NPOにおいてもこの懸念は数年前より危機感として現れており、三浦和彦・東京理科大学教授や大河内博・早稲田大学教授らが中心となり、毎年12月にデータ検討会という学生中心の小研究会を開催している。同様な視点で成果報告会のポスターセッションも学生が参加しやすくなるように充実させた。その結果、国内学会や国際会議等の学生発表賞の数が急激に増えた。言い換えるならば国際的に優れた論文に直結する成果が出始めた。これで研究者の論文化へのハードルが一気に下がり、優れた論文が出始めるのは時間の問題である。いま我々には何より数多くの輝かしい研究業績が必要であり、これがあって初めて測候所の必要性を社会や国に強く訴えていくことができる。
業績においても国内外に誇れる研究機関になったとき、天国にいる新田次郎氏は「またもや富士山頂で伝説が生まれた。このNPO富士山測候所を活用する会の小説は私が書きたい。でも現世で出版できないのが悔しい」と言ってくれるに違いない。
(写真)測候所に取り付けられる定点モノクロカメラ。 2014年8月6日には世界でもまれとされている巨大ジェット(Gigantic Jets)の撮影に2回も成功した。
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